ゆっくり、確実に生き抜いた女性冒険者

JUGEMテーマ:記録

 

20161020日、1人の偉大な冒険者がこの世を去りました。それは19755月に史上初めて女性でエベレスト登頂に成功した田部井淳子さん、77歳でした。

 

田部井さんが山に興味を持ったのは小学生の時、地元の山に登ったことで意識が芽生えたとされています。本格的な登山を始めたのは大学卒業後に社会人の山岳会に入ってから。そこで経験を重ね、1969年に「女子だけで海外遠征を」を合言葉に女子登攀クラブを設立。その6年後、エベレスト日本女子登山隊の副隊長兼登攀隊長として、世界最高峰エベレストに女性世界初の登頂を果たしました。1992年には女性で世界初の7大陸最高峰登頂者になります。

 

今でこそ「山ガール」などと呼ばれ女性も当たり前に登山を楽しんでいますが、当時は「女は非力」「女性は家庭にいるべき」と言われていた時代。先鋭的な山岳会には「女性お断り」のところも多く、すでにお子さんがいた田部井さんは「幼子を置いて山に行くなんて非常識きわまる」とさんざん叩かれたのだとか。そんな中「ゆっくり、確実」という女性ならではの登り方でエベレスト登頂を成功させたのだそうです。

 

田部井さんがメディアで山登りの楽しさ、野に出ることの素晴らしさ、時には子育ての苦労や楽しさまで語ることで、その優しい笑顔に多くの女性ファンが増え、登山も身近なものになっていきました。

 

そんな田部井さんの最後の登山となったのは亡くなる3カ月前の20167月の富士山。長年にわたり環境保護活動や登山を通じての被災者支援を呼び掛けていた田部井さんが、東日本大震災の被災地であり自身のふるさとでもある東北の高校生を富士登山に招待したイベントです。その4年前にガンと診断され、治療を受けながらの登山でした。

 

田部井さんの呼びかけに福島・宮城県から高校生93人が参加。この時の様子がNHKドキュメンタリーで放送されていましたが、慣れない登山の辛さについ下を向いてもくもくと登る高校生に「ほら、顔を上げてみて。景色がキレイだよ」とほがらかに声をかける田部井さんの姿が印象的でした。

 

どんなに辛い時も顔を上げて、ゆっくり、確実に。「一歩一歩進めば必ず頂上にたどり着ける」という強いメッセージは、多くの人の心に刻まれていることでしょう。

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  • 2018.09.15 Saturday

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