ソファーが!ベッドが!100km超えで爆走

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ギネスにはユニークな記録で有名人になる人たちがいます。イギリスのエド・チャイナもその一人。若い頃から自動車好きで、大学で工業デザインを学び、ガレージショップを経営しているメカニックな彼が打ち立てた記録は、「最も早く走る家具」。

 

コーヒーカップや植木鉢が乗ったテーブルと電気スタンドがセットされた3人掛けぐらいのソファーにハンドルが付いていて、なんと時速148kmで走行した記録を持っています。

 

ほかにも、時速140kmで走るオフィス、時速94kmで走る物置小屋、時速111kmで走るベッドなどがあり、現在手掛けているのは最も速く走る電動アイスクリームバンなのだとか。「人が思わず二度見する、夢やマンガから飛び出したようなものを創りたい」というのがエドの信条だそう。

 

記録に挑戦するだけでなく、人を楽しませたいというところがもはやクリエイターです。これからもいったい何を最速で走らせてくれるのか楽しみです。

世界一売り上げたメロンパンは?

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数年前から続くパンブーム。最近では耳まで柔らかい生食パンなどが登場し、ますます広がりを見せています。そんな中、世界で一番売れたパンとして201511月にギネス記録を作ったのが、千葉県を拠点に展開するパン屋さん「ピーターパン 小麦の郷店」のメロンパン。1日で9749個を販売したとして、24時間以内に最も売れた焼き立て菓子パンのギネス認定を受けました。

 

ところが20184月、新たな記録が生まれました。それは西洋フード・コンパスグループによる「48時間以内で最も多く売れた焼き立てパンの数」という記録。同社は48時間でメロンパンを27,503個売りギネス記録を作ったのです。

 

この会社のお店は東名高速道路の海老名サービスエリア内の特別ショップ。そう、海老名SA名物、外はクッキーのようにサクサク、そ中はふわふわの名物メロンパンで有名な、ぽるとがるです。

 

24時間と48時間の記録なので同じ競技にはなりませんが、「世界一売れたメロンパン」の座を他の店には渡せなかったのかな?なんて憶測してみるのもギネスの楽しみ方のひとつです。ちなみに人気菓子パンの48時間の売り上げは、6329,830円だったそうです。

最高齢のDJ SUMIROCKとは!?

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DJというと、クラブでリズムに合わせターンテーブルをちょこちょこ動かしながらいろんな曲をつないだり、既存の曲にアレンジを加えてリミックスしたり、時に両手を広げた手拍子で観客を煽ったり。

 

いずれにしろ若い人がやっているイメージがありますが、20185月に最高齢のプロフェッショナルDJとしてギネス認定されたのは、なんと当時83118日の日本人女性、岩室純子さん。

 

1935(昭和10)年生まれの岩室さんは、昼間は高田馬場にある中華料理店「餃子荘ムロ」を営み、お店が終わった深夜1時くらいから主に新宿歌舞伎町のクラブで30分〜1時間ほどDJをやっているのだとか。

 

DJを始めたきっかけは、友人に誘われておもしろそうだったから。岩室さんの家に下宿していたフランス人の友人が主催するDJイベントへ行き、次第にはまっていったそうです。そしてDJスクールへ通い始めたのが77才。

 

テクノっぽい曲が好きで、そこにロックやジャズを入れたり、たまにアニソンを入れたり。踊りやすく飽きないように心がけているというそのスタイルは「DJ SUMIROCK」と呼ばれ、海外からもファンが訪れるほどの人気。パリなどの海外イベントにも参加しているそうです。

 

外国で何かをしたいというのが子供の頃からの夢だったという岩室さん。「高校を出てから今までずっと忙しく働いてきたけど、いつの間にか夢が叶っていた」と振り返ります。そんな岩室さんからこんなメッセージが。「チャンスは毎日ありますよ。諦めないで、なにかやってみてください」。夢を叶えるのに年齢なんて関係ない、ステキ過ぎます。

小さな世界でしのぎを削る偉大な技術

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ちょっと前に不思議なおもちゃが流行しました。放射状になった突起物の中心を指で挟み、突起物を指で弾いてぐるぐる回して遊ぶハンドスピナーです。ただ回すだけなので「何がおもしろいの?」と思う人もいるかもしれませんが、勢いよく滑らかに回るので、どれだけ長く回せるかを競ったり、暇つぶしやストレス解消になると人気になりました。

 

このハンドスピナーで世界記録を出したのは、ベアリングなどの電器部品メーカー ミネベアミツミ社。5.09mm幅の小さなハンドスピナーを作り、201711月に世界最小のハンドスピナーとしてギネス認定されました。

 

このハンドスピナーの中央に使われているボールベアリングの直系は1.49mmで、最小の量産可能な製品なのだそうです。また、同社の広報室室長である石川尊之氏は、三菱プレシジョン社と共同で作った「リアルスピンエムズ」というハンドスピナーを指1本で244634回し続け、1本の指でハンドスピナーを回し続けた最長時間として201712月にギネス認定されています。

 

もともとハンドスピナーは、筋無力症などの子供たちと遊ぶためにアメリカの女性が開発したものだそうです。こんなおもちゃを作れるようになったのも、ベアリングなどの超精密加工技術が進んだからに他なりません。世界に誇れる日本の技術力がまたひとつ証明されたと言えます。誰かを幸せにするために技術者たちは今日もしのぎを削っています。

閉店ガラガラガラガラ…巨大シャッター

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商店街やガレージなどの入り口でおなじみのシャッター。最近は住宅にも付けられていたりします。防犯目的がメインだと思いますが、他にも防風、防塵、プライバシーの確保などにも役立つそうです。通常は出入り口の大きさですが、世界最大のシャッターってどれぐらいのサイズで、何に使われていると思います?

 

それは、横引SR社が製造したシャッター。144.12平方メートルの広さで、世界最大の垂直シャッターとして201710月にギネス認定されました。使われている場所は、なんと福島県須賀川市役所の1Fフロア。市民がいろいろな申請を出しに来る窓口がずらりと並んでいるお馴染みの場所です。あの窓口を横からぐるりと囲う横引きになっています。

 

切れ目のない巨大な一枚のシャッターで開閉は電動。シャッターというと重くて閉塞感のあるイメージがありますが、こちらのシャッターはアルミ製なのでしょう、明るく軽そうなシルバーで、上部に格子戸のような切れ目があるため、近未来的でありながらちょっと和風も感じられてなかなかスタイリッシュです。

 

20175月に開庁したばかりの新庁舎だそうで、業務時間内はシャッターが開いているため見られないのが残念ですが、このギネス記録は市民の新たな誇りになることでしょう。

50年にわたり愛され続ける缶コーヒー

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コーヒーの世界では、サードウェーブと呼ばれる第3次ブームが起きているようです。第1次ブームは19世紀後半〜1960年代にコーヒーが世界的に普及した時代。第2次ブームは1970代に起きたスターバックスに代表されるシアトル系と呼ばれる深入り焙煎とロゴ付きカップの時代。

 

そして今は、シングルオリジンの厳選した豆を香りが立つように浅煎りし、一杯ずつ丁寧に淹れるハンドドリップの時代に。それに伴い缶コーヒーも、コールドブリュー無糖とか、完全深煎りとか、世界一のバリスタ監修とか、本格コーヒーに引けを取らないようなラインナップが人気のようです。

 

そんな変遷を重ねてきた缶コーヒー業界の中で、長きにわたり愛され続けてきた缶コーヒーがあります。それは「UCCミルクコーヒー」。茶色・白・赤の3色のデザインを誰もが一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。

 

UCC上島珈琲の創業者である上島忠雄の発案によって世界で初めてミルク入り缶コーヒーが誕生したのが1969年。以来、現在に至るまで続いている缶コーヒーの最長寿ブランドとして、20185月にギネス認定されました。

 

発売当初はその新しさゆえに認知されず大変だったようですが、1970年の大阪万博で冷やした缶コーヒーを販売したところ大ヒット。高度成長期の真っただ中、缶コーヒーはいかにも生活を豊かにする新しい飲み物として大衆の目に映ったことでしょう。

 

今は昔と違ってコーヒー以外にもお茶や水、ジュースなどさまざまな飲み物の選択肢があります。そのせいか、コーヒーは苦いから苦手という若い人が増えている印象があります。そんな中でも、未だにUCCミルクコーヒーが愛され続けているのは、あの濃厚な甘さの割りにイルドな飲み口、そして香料を使っていないという実は本格的なこだわりにヒミツがあるのかもしれませんね。

5頭の象が踏んでも壊れない精密機械

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精密機器に求められるスペックはいろいろありますが、精密な性能と同じくらい強度も求められるのではないでしょうか。どんなに優れた性能があっても、すぐ壊れてしまっては意味がありませんからね。

 

そんな精密機器の中でも各段の強度を誇るのが、カシオが生んだ時計の名品Gショック。落下強度10m、防水性能10m、電池寿命10年というトリプル10を目標に開発が始まり、1983年に登場したDW-5000C以来、すべてのシリーズがこの性能をクリアしているそうです。

 

そんなGショックが201710月、さらに強度のギネス記録を打ち立てました。GショックDW-5600E-1がアフリカ象5頭分に相当する24.97トントラックにひかれても壊れず、依然として動いていたという記録です。強度を誇るCMとして古くは「象が乗っても壊れない」と言っていたサンスターのアーム筆入れ、近年では「100人乗っても大丈夫!」のイナバ物置などがありますが、今回は「象5頭が踏んでも壊れない」Gショック、といったところでしょうか。

 

GショックのGGravity(重力)のG。どんな重力のショックにも負けないその性能と強度から、アメリカ海軍をはじめ、世界の特殊部隊、パイロット、消防士などに愛用されているGショック。命がけの現場の信頼を裏切ることのないよう、開発者たちは象よりさらに重い責任を担って技術を磨いています。

月へ降り立つ最初の人類の条件

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月面着陸した最初の人類と言えば、皆さんご存知でしょう。「これは人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな跳躍だ」という有名な言葉を残したアメリカの宇宙飛行士ニール・アームストロングですね。この時、アポロ11号には彼のほかにマイケル・コリンズとバズ・オルドリンという3人の宇宙飛行士が乗っていました。その中で、なぜアームストロングが月へ降り立つファーストマンとして選ばれたのでしょう?

 

コリンズは司令船パイロットとして月周回軌道上で司令船の操作や月面の写真撮影などをしていたため、彼だけ月へ降り立つことなく地球へ戻りました。残る2人のうち、月着陸船の中でアームストロングの座席の方がハッチに近く、船の中でコリンズと入れ替わるのが困難だったから、とアームストロングもコリンズも思っていたらしいのですが、理由はそればかりではなかったようです。

 

月に降り立った人類初の人間ともなれば、世界一の有名人になってしまいます。もちろんマスコミも黙ってはおらず、その言動は逐一注目を浴びるようになるでしょう。そんな時、名誉を欲しがってしまいそうなオルドリンより、控えめで穏やかな話しぶり、そして勇敢で常に冷静沈着なアームストロングの方がふさわしいとNASAが判断したから、というのが大きな理由のようです。

 

実際、なぜ自分が選ばれなかったのか悩み続けたオルドリンに対し、アームストロングは誰が先に降り立つかさほど気にしていなかったそうです。

 

真っ白い宇宙服姿で月に立ち正面を向く有名な宇宙飛行士の写真がありますが、あれは実はオルドリン。アームストロングは撮影している方で、オルドリンのヘルメットに小さく映り込んでいます。月面でアームストロングを撮った写真はわずか5枚しかなく、それも体の一部とか後ろ姿だけなのだとか。

 

アームストロングはこのミッションに入る前に、同じ宇宙飛行士だった大切な親友を事故で亡くしています。そんな経験もあり、自分の力だけでここに立っているのではない、というような思いが強かったのかもしれません。

 

その後、アームストロングは大学の教授となって学生を指導したり、NASA事故調査委員を務めたりして2012年に82才で亡くなりました。それから197212月まで、月へはトータルで12人のアメリカ人宇宙飛行士が降り立ちました。

 

825日はアームストロングの命日。困難を乗り越え月へ行った彼らの功績に敬意を表して、月を見上げてみてはいかがでしょう。

日本の夏を冷やし続けて50年

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地球温暖化の影響なのか、毎年夏が暑くなっている感じがするこの頃。実際、100年前と比べると、東京の年間平均気温は3.2度上昇しているそうです。そんな熱帯夜に欠かせないのがエアコン。節電も大事ですが、熱中症予防のためにも適度にエアコンを使うことが推奨されています。

 

今や生活に欠かせないエアコンですが、三菱電機が製造しているルームエアコン「霧ヶ峰」がルームエアコン最長寿ブランドとして20176月にギネス認定されました。発売されたのが19671013日で、今年で52年目を迎えます。思えばクーラーと呼ばれる冷房装置が登場したのがその頃。以来、変わらず第一線でトップブランドを走り続けているんですね。

 

日本のエアコンで有名ブランドといえば、日立の白くまくんもあります。日本発のウィンドウ型ルームエアコンを発売したのは日立で、1952年でした。そこに白くまマークを導入したのは1959年と、ここまでは霧ヶ峰より早かったのですが、白くまくんという愛称を付けたのが1975年、商品名を白くまくんにしたのが1978年のようで、早くからブランド戦略を取っていた霧ヶ峰の方に長寿ブランドの軍配は上がったようです。

日本のお家芸?フラフープの記録

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日本では1960年代に大ヒットしたフラフープですが、未だにギネスでは根強い人気があるようです。というのも、いろんな記録に挑戦できるから。

 

どれだけ長い時間回せるかでは90時間。同時にたくさん回した数では100本。同時に多人数で回した人数は2290人。どれだけ重い輪を回せたかは53ポンド(約24kg)のトラクターのタイヤを71秒。他にもフラフープを回しながら走った速さでは、100m13.84などなどさまざまなフラフープのギネス記録があります。

 

201711月、ここに新たに日本人の記録が加えられました。山田祐也さんが直系5.14mのフラフープを回し、直径が最大の記録を打ち立てたのです。山田さんと言えば、日曜朝に放送される日テレの情報番組「シューイチ」のコーナー「まじっすか選手権」の準レギュラーのような方。内臓が千切れるんじゃないかと思えるほどグワングワンと巨大なフラフープを回していたあの姿は世界一の雄姿だったんですね。

 

ちなみに、かつて志村けんさんもフラフープのギネス記録を持っていたってご存知ですか?円周11m、重さ3kg以上のフラフープを30秒間に24回転して2001年に記録を樹立。その後、2002年にスペインの女子高生に記録を破られましたが、2004年にはタレントの辻希美さんが円周12.8メートルのフラフープを30秒回して記録保持者に。

 

その後、何度記録が塗り替えられたかは定かではありませんが、今回の山田さんの記録になりました。直系5.14mだと円周16.13mの堂々たる記録です。体型的になのか、日本人とフラフープは相性がいいのかもしれませんね。